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銀行ローンのイメージ

5月 24th, 2016 at 1:42 PM

住宅新築のためにお金を借りようと思った

私は神戸・淡路大震災のあった後自宅を新築することを考えました。
なぜなら、以前の家がだいぶ老朽化していて筋交いも入っていなくて壁も少ない家で、地震にはとても耐えられない家だと確信したからです。

その時私は40代後半でした。私の家計は決して余裕があるわけではなく、売るべき固定資産などもありませんでした。
しかし住宅の新築のような大仕事は収入のある若いうちにしないと定年過ぎでは無理だと思いました。
当然借り入れができなければ新築は不可能ですが、返済のことを考えると今が最後の時期かなとも思いました。

当時の定年は60歳でした。
どう考えても私が用意できるのは頭金位でした。あとは当時の住宅金融公庫から借りる以外は方法がありません。
会社を遅刻して近くの信用金庫へ相談に行きました。

職員さんは親切に対応してくれました。
一番大切なのは将来にわたって安定した収入が見込めるかと言う事でした。幸い私は中小企業ですが、高校卒業以来転職することなく勤続してきました。妻もパートでしたが仕事をしておりました。
職員さんの反応は悪くはありませんでした。審査をしますので必要書類を用意して奥さんで良いから届けてくださいと言われました。それは市役所で発行する収入証明書や土地建物の登記簿謄本の写しなどでした。

私が会社を抜け出して市役所や法務局へ行って必要書類を用意しました。そして妻が信用金庫へ届けました。
その後も必要に応じて信用金庫から電話があり、質問に答えたり書類を届けました。

私の考えは、信用金庫を通して住宅金融公庫が貸していただける範囲内の規模の家を建てるというものでした。
妻も同じ考えでした。
その後信用金庫といろいろな折衝があって住宅金融公庫から貸し出しの決済がおりたとの連絡が信用金庫からありました。
この後は借入申込書の作成や見積書の作成などすることが山ほどありました。

保証人は誰かにお願いするか保証料を払って保証人は立てないかなど決めなければならないことなどしなければならないことが次から次へとやってきます。
保証料を長期に支払うのはもったいないので、私の弟に頼んで快諾してもらいました。

当時の金利は今では考えられない年6.5%でした。
当時は親からの税金のかからない贈与は300万円でしたが私の親はそんな大金はありませんでした。住宅減税も今とは比べ物にならないくらい低額でした。

ローンを返済しながらの日々の生活は大変で、何度もお金を借りたいと思いました。今では会社にバレずにお金を借りる事(※キャッシング勤務先)なんて簡単ですが、当時はそんなことができなかったのです。
しかしその1年後新築住宅は完成しました。最初の1~2年は毎月利息を払っているだけでした。最近ようやく返済が終わりました。子供に荷物をしょわせなくてよかったと思っております。

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